ひとりごと 

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いのち

 

「いのち」とはなんなのだろうか?

よく、「いのち」は平等だとか言われるが、本当にそうだろうか?

長い寿命もあれば、短い寿命もある。

しかし、その長さは誰にもわからない。

ただ、人間のみがその寿命を賢明に延ばそうとする。自分の考えだけで。

 

先日、アフリカ象のニュースが流れた。

ケニアでの話。

一時数を減らしたアフリカ象の数を増やすために、密猟者から護ったりと保護政策をしてきたらしい。

そして、アフリカ象は数を増やした。

ところが、今度はそのアフリカ象が増えたせいで、希少植物がアフリカ象に食べられ数を減らしたそうだ。

だから、今度はアフリカ象の数を減らすという。

 

おかしくないか?なんかおかしいだろう?

象の数が減ったから増やし、次は希少植物の数が減ったからそれを食べるアフリカ象を殺す?

おかしすぎるだろう。

その考えを当てはめるなら

増えすぎた人間の数も希少植物、希少動物の数が減ったから殺そう。

と、同じではないか?

 

希少品種、希少動物を救おう、という考えはわかるが、人間の勝手な考えで増やしたり減らしたり...。

人間のエゴではないか?

我々は仏や神ではない。

その事をもう少しわきまえた方がよいと思う。

 

自ら生み出しながらすぐにそれを壊す。これもエゴではないか?

テレビで陶芸家によく見られる光景だが...(決して陶芸家全てがそうだとは言ってません。あくまで例です。)

駄作だ。ガシャーン!!

器として産まれた「いのち」をその場で絶っている。

破片として生まれ変わった、と言われればそれまでだが...。

 

この屁理屈を通すと、

アフリカ象に食べられた希少植物も、アフリカ象の血肉として生まれ変わった。

が、まかり通るのではないだろうか?

 

なんにしろ「いのち」は大切であり、それを人間がどうこうするのはおかしいのである。

人間の勝手な考えは捨てた方がよいのではないか?

エゴである、と私は思う。

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